2002年  7月〜9月 

9/28   40日間の入院から開放されて自宅にもどると、我が庭は雑草が生い茂り見るも無残なありさま。

  入院前から咲き始めていた芙蓉と、落ち苗の
 黄花コスモスが迎えてくれる。
萩はもう散り始めた。

 夏の庭の片付けをして
 秋〜冬に模様替えをしなければ・・・フゥ〜

何時になることやら・・・。

8/1  今年の暑さはかなりこたえる。
   気候の変化が年々変になっているような気がする。 例年だと今ごろは熊蝉の鳴き声がうるさくて閉口するのだけど、今年は少ないみたい。 蝉の抜け殻も余り目にしない。 


 我が家のサルスベリの木は白花でちょっとめずらしいかな。
 春に裏の畑に移植したのがよかったのか今年はキレイに咲いてくれた。

 濃いピンクのが一般的で薄いピンクのや紫色のもある。           
 
                   右のはご近所のもの。
とてもキレイな色で百日紅の
名に相応しい。


7/27 最近、平凡社から別冊太陽 「熊野 異界への旅」という写真集が出版された。
  この地方で進められている『熊野古道を世界遺産に』という運動に対応したものと思われる。
 地元の歴史家や文化財関係者、写真撮影も地元の写真家で構成された本である。              

  
 山本殖生氏の巻頭文より
 
  苦難の長旅を経て辿り着く
  深山幽谷の地は、
  熊野権現の霊験あらたかな
  神秘と癒しの浄土であった。
  身を清め魂を磨きつつ、
  いざ、熊野へ。       
 
                                                               執筆者全員の15名が集まってその解説の形で
記念講演会が行なわれた。 それぞれの熊野を愛する気持がいっぱいに溢れたお話で興味深いものがあった。
 延喜七年(907年)宇多上皇から熊野御幸が始まり、白河・鳥羽・崇徳・後白河・後鳥羽の五上皇が熊野参詣を繰り返し、この時代が熊野御幸が最も盛んであった。
 承久の乱(1221年)で後鳥羽上皇が讃岐に流されて以来は下火となったことなど。
沢山の国宝の古文書や絵巻ものが紹介され、退屈な歴史の教科書でしか知らなかったことがフーンという感じで伝わってきた。

 山岳宗教と熊野修験や小栗判官と湯峰温泉の話も癒しの地、熊野としてとらえられていてうなずけるものであった。
神秘の国、熊野の森をこれ以上壊さないためにどうあればよいのか・・・なども納得がいできる話であった。

         熊野古道が世界遺産になるかどうかは平成16年には結論がでるとのこと。  


 7/8  W杯で熱狂の6月が終わり、気分的には夏もおしまいの感じ。
   今年の梅雨は降雨量が少なかったとかで、隣の奈良県ではプール等が閉鎖になったと今日のニュースで報じていた。しかし、梅雨明けは未だなので蒸し暑い。
 雀の巣立ちが終わったのか、ヨロヨロと小さめの雀が短い距離を飛びまわり賑やか。
1週間ほど前から夜半に虫の鳴き声が聞こえたりする。 やはり気候がおかしくなっているのだろうか?

 以前は竹薮に群生しよく見かけたが、最近は
竹林そのものがなくなってしまいあまり見なくなった。
それども注意してみると道端のちょっとした草むらに咲いている。

花の名前を10人くらいに聞いたが、わからない。
緋扇水仙?という人もいるが植物図鑑にも載っていない。 

ありふれた花で球根でいくらでも繁殖し、なんの役にも立たず
害もないので花の名前すら
意識されないできた可哀想な花。

グラジオラスを小型にしたようなカワイイ花。

   
どなたか名前を教えて        
わかりました。「モントプレッチア」 南アルリカ産 
日本名はヒメヒオウギスイセン アヤメ科