ボランティアグループ「花づくりの会」のことなど


 熊野川川船下り

 女優の萬田久子さんが、テレビ東京の取材で「世界遺産・川の参詣道熊野川」というテーマで熊野川川舟下りをしたという。
その後もあの「塩爺」こと前財務大臣の塩川正十郎さんが体験され、川の美しさと太古のまま自然が加工されずに残っているのが
いいと喜ばれたとか。
それで、遅くなったが6月に行われたの高校時代の同期会での川下りの様子をUPすることにした。

 高校を昭和34年に卒業してから、毎年同期会をしているという
珍しい学年。
関西と関東では毎年、地元では3〜5年ごとに集まるとのこと。
私は、40歳になった時関西での会にに初めて参加した。
それ以後3回くらい自分の年齢を確認する意味で出席している。

地元に帰ってからは2回目の参加。
今年は、久々の地元での開催とあって、関東・関西からの参加者も
あり紀伊勝浦の「ホテル中ノ島」に106人が集う。

翌日は、熊野古道「大門坂」を歩くコースと川の参詣道を「川船下り」のコースに分かれた。

救命胴衣に菅笠で川下りの出発を待つ。



31人の参加のため川船3艘に分かれて出発。 水の色はグリーンかがった所と黒っぽく見える深い所もあり、様々に変化する。

 


 船の中では、子供時代にもどって会話が弾む。
ここで泳いだとか、うなぎを取ったところとか、誰それの家が
あったとか、ガイドさんの説明など全く耳に入っていない。


およそ90分の行程の途中に「昼島」という中洲のような所で
休憩のため下船。

はしごが架かっている小高い岩の上に嬉々として登る。
その間休憩する船頭さんたち。 両岸には川皐月があちこちに咲いている。
速玉神社の下の川原が終点。 神社にお参りした後、料亭「かわゐ」で昼食。
なんと、女将が中学校時代の同級生とわかりびっくり。思わぬ再会に感激。
入り口に咲いていた鉢植えの花菖蒲。



2006.4.30  この8年間ボランティアで管理してきた町の花壇の維持が困難になってきた。   

 メンバーの高齢化に伴い、
 438uの広さの花壇を管理してゆくのは
 少々疲れてきた。

 個人の自宅で苗つくりをしてもらっていたが
 種蒔きやポット移植は全員でするが、
 毎日の水遣りや雨の日の苗の移動など
 Sさんの負担が多すぎた。
 取り合えず町に返上し、次に世話をしてくれる
 グループをさがしてもらうようお願いする。

 住民課の職員さんの努力もあって、
 近くの住民の方々にお願いすることができた。

 以前に訪れたことのある中部電力の
 「名古屋港ボルーボネット」のイメージを
 参考にして、ワイルドフラワーガーデンとして
 育てていくことになる。
 私ももうしばらく係わらせてもらうことになる。

 私達としては、最後の花壇になった。

今後のグループ活動としては、町社協の環境整備の一翼を担うことになる。



 社協ではデイサービスの
 ための建物を次々と増築
 したため、 庭が殆ど
 なくなってしまった。

 事業所の所長の
 「利用者の方々に少しでも
 寛ぎの空間を整えたい」
 との思いとも一致したので
 中庭等にレイズドベッド
 (床上げ式花壇)を6台
 設置することになった。

 建物と建物のの間にあり、
 余り日当たりのよくない場所
 なので、出来るだけ明るい
 色の花々を 選んでみた。

 今回は、苗を購入したが
 次からは苗から育ててゆく
 計画。



              
2006.3.3    和歌山県 淡島神社の雛流し

 かねてから見たいと思っていた「雛流し」の行事をお人形のお友達に誘って頂き、前日から出かける。
 紀州加太の淡島神社には、全国から子供が二十歳まで無事に育ったことに感謝して、供養のために人形が奉納されてくる。 
 毎年、3月3日に供養の神事が行われた後、白木の小船に乗せ「雛流し」が行われる。

  
3日の正午から神事が行われる。 地元の子供なのか保育園児くらいの少女が涼やかな声で
「お内裏様です」「お雛さまです」と交互に船に乗せてゆく。
 
三艘の船に乗せると地元の方が女性に担ぐよう促す。 青空の下高々と担ぎ出された立派なお雛様。
神社の中や、周辺に
日本人形や市松人形、武者人形、博多人形など様々な人形が無数に
祭られている。

神主さん、巫女さんたちに先導されて三艘の白木の小船が海に向かう。 いよいよ海に近付く。
桟橋でも祝詞が捧げられる。 海の中で待ち構える報道陣。
 いつまでも手を振りながら小船を見送る巫女や少女たち。
とても心がこもっていて感動。

そして雛たちは光る海に消えていった。



海を汚染しないため、沖で回収するとのこと。